そうか、なぜSNSがエコーチェンバー型群発カルトを生み出すかというと、そもそもSNSの設計思想自体が「あなたの友達は友達」というものだからなのか。「汝の敵を愛せよ」ではないんだよな。ある意味、SNSの設計思想そのものを哲学自体から見直す時が今なんだろうね。
なんとなく自分の感覚的に、いつもfacebookの友人は、実際に会った人だけしか繋がらないようにしていたり、SNSだけのバーチャルな人間関係を避け、できるだけリアルな対面のコミュニケーションを常に大切にしようとしてきたことは、ある意味、結果的によかったということなんだな。
ある意味いいね!というシステムも、ますますこうしたエコーチェンバー型群発カルトを生み出す背景にもなっていたんだろうね。維新の党の丸山議員もそうだが、SNS社会ゆえに出てくるこうしたエコーチェンバー型群発カルトの問題って、今後すごい勢いで増えていくんだろうね。トランプ大統領、ブレグジットなども、そうしたSNS特有のトライブ主義という背景があるんだろうと思う。
つまりエコーチェンバー型群発カルトへの個人的なレベルでの対応策は、「汝の敵を愛せよ」という思想になるということだね。相手の対応や言葉にむかついたからといって、ブロックしない、スルーしない、縁を切らない、しっかりと誠実に対話する、コミュニケーション能力を高めるように常に意識するとか、そういう普通に人としてあるべき、常識的なところになるんだと思う。人間関係の断捨離や、スルースキルを身に付けるという言葉が横行する時代だが、こうしたことはしっかりと立ち止まって考えるべきテーマではないだろうか?
「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。 礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。 不義を喜ばず、真実を喜ぶ。 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。 愛は決して滅びない。預言は廃れ、異言はやみ、知識は廃れよう、 わたしたちの知識は一部分、預言も一部分だから。」
‭‭コリントの信徒への手紙一‬ ‭13:4-9‬ ‭新共同訳‬‬