この12年、ずっと意識の振動数の研究をしてきたのだけれど、結局のところ福音によってしか深い部分にある、すべての波動を下げる元凶であるところの罪責感というものは取れない。そして福音を信じることによって原罪が贖われると、終わりではなくて(もちろんこれは決定的かつ非可逆な死と復活なのだが)その後も聖化が続いていく。この聖化は聖書の御言葉を学んで、祈りを深め、信仰心を強く養っていくことでじっくりと意識の振動数は高まっていく。そういう意味で聖書の御言葉とキリスト教神学は非常に確立された世界観だ。さすが長年の歴史の背景にあり、さらにウェーバーがプロ倫の中で論じたように、カルヴィニズムをはじめとした現代の資本主義経済に繋がるベースを作ってきた倫理であると言える。またこの聖化のプロセスを重視したのがウェスレーであり、その後のホーリネス運動となる。ここからペンテコステ派やカリスマ運動、第三の波なども誕生した。