そもそも汎神論的な世界観における愛の概念と、一神教における愛の概念は全く別物なんだよな。アガペーはそもそも一神教の構造でしかありえない。それを明治維新以降、汎神論の世界でやろうとするからこんがらがるのだと思う。そもそも愛という翻訳語は、キリスト教の文化から入ってきた。
アガペーは創造主の愛であって、決して汎神論が考えるような被造物としての宇宙や、人間の愛そのものではない。無論瞑想をしたところで無償の愛には繋がらないし、主イエスキリストの十字架の贖罪無しに、無償の愛はありえない。
無償の愛について語るときには、そもそもこの常識をまず押さえるべきだと思う。