どうもいろいろなデーターを調べていくと2016年から格差社会が固定され、階級社会化が進んでいるね。以前は、小泉政権移行、自己啓発などを学び、ニューエイジ的な言説に乗っかることによって、ITバブルも伴って、豊かさを実感することができた。当時は起業自体に様々な社会的リスクがあったので、数が限られアクターにも希少性があった。むしろ今はそうしたニューエコノミーによる経済格差が進んで、むしろ階級社会となってしまっており、いくらニューエイジ的な文脈を学んだとしても、すでにそういう商機自体が存在していないため(つまり自己啓発ビジネス自体が、レッドオーシャン化してしまっている)、その壁を超えることが難しくなってしまっている。というのもニューエイジ的な言説自体が、すでに貧困ビジネスになってしまっているから。ニューエイジ的な言説を学んで実践するほど、貧困化してしまうという矛盾が、2016年くらいからすごい勢いで広がりつつあるということなんだなと思う。このあたりの流れが、今のアメブロなどでも広がってきている要素なのだなと思うし、こうした流れは非常に危険なものだと思ったほうがいいと思う。

そういう流れの中で、日本のニューエイジ的な言説が、だんだん本来のGAFAに見られるインテリ的文脈から、ヤンキー的な文脈に移行しつつあるのをものすごく感じる。社会が階級化していくということは、ある種ヤンキー的な文脈がメインストリームになっていくということでもある。すでにYouTubeの主力コンテンツは、こうしたヤンキー的文脈なしには語れない。心理学のヤンキー化といってもいいのかな?YouTube(もしくはYouTuber)も、マーケティング的に、ヤンキー文脈はむしろアクター側は、意識して、積極的に取り入れているのだと思う。
アメリカでは、そういう文脈の中に、ヒップホップミュージシャンのカニエウエストのクリスチャニティなどのリバイバルが起こり始めているんだろうね。おそらく。本来クリスチャニティと格差社会とは、思想的に非常に相性がいい。基本は、貧者のための救済論(無論、本質は万人救済)。
むしろニューエイジ的な言説は、日本に進みつつある階級社会には対応できない。なぜならニューエイジは、本来「知」による救いであって、そのルーツは、インテリの文化だから。
ゆえに歴史的に見ても、2016年あたりから広がりつつある貧困ビジネスとしてのニューエイジはどこかで破局を迎えることになると思う。というか、そうした破局が限りなく近づいている気がする。こうした視点から考えてみても、思想的には非可逆的にクリスチャニティに移動していくと思う。結果的にそれがクリスチャニティのリバイバルにもつながっていくだろうと思う。

そもそも階級社会が進むのは、戦後の日本のカミに「経済」が居座り続けているからであって、この中心に「良心(無償の愛)」が来ない限り、永遠に格差社会や、階級社会はなくならない。その「良心(無償の愛)」こそ、「主イエスキリストの御言葉」であり、何より「主イエスキリストの十字架における贖い」であるということに気づいてほしいなと思う。