マーケティング的に考えれば、日本社会のカミである経済を中心に商品を設計すればサービスは売れるのだと思う。しかし、そもそもそのカミに仕えることは、結果的に偶像崇拝であって、身を滅ぼすことになる。大事なのは、主に仕えることであって、結果的にそうすることで、富も誉れもついてくるというのがユダヤ人(旧約聖書)、あるいはクリスチャンの教え(新旧両訳聖書)。
特に資本主義のコアには、プロテスタンティズムがあり、キリスト教のコアは、十字架を背負うこと。罪なきイエスが、自分の罪を背負って死んでくださったように、無実の自分が相手の罪をかぶって贖うことが、クリスチャンが考える無償の愛。この刑罰代償の概念なしに、無償の愛も、それに基いた献身や赦しはありえない。常に自分の十字架を背負うことが非常に大切。
社会の中で一番貧しく、弱い人ほど、一番社会に必要な人。その十字架を背負うことがクリスチャンの生き方なのだと思う。

そもそもサービスとは献身であって、サーヴァントは僕(しもべ)という意味。資本主義のコアである付加価値の創造は、僕(しもべ)として人に仕えることにある。
この辺りは最近のニューエイジャー が、自分の価値を認めること=お金であるということをただただ鵜呑みにして取り入れているが、あまりにも雑な論議。一度しっかりと見つめなおすべきテーマだと思う。
確実に今のマモン崇拝をコアに置いたニューエイジ 文化は、エゴのインフレーションによって、バブル経済とその崩壊に瀕していると思う。人は罪人であるから、自己義認によっては決して自己に価値を見出すことは絶対にありえない。資本主義がなぜプロテスタンティズム(カルヴァン主義) をベースに成り立ったのか、マックスウェーバーがプロ倫で論じたように、正しく資本主義の成立の歴史について知り、基本に忠実であることはとても大事。