ニューエイジ文化が、商業化して、霊的に堕落していく大きな原因であるパワースポットや開運などの認知フレームを、「迷信」と批判するときは、ヘレニズム主義からみた科学的な見地からの批判では不十分で、結果的にへブル主義的見地から見た批判が必要だということだね。
そもそも多くのニューエイジャーはこれを「量子力学」でもいわれていることと自己弁護するが、はっきりいってそう主張するニューエイジャーは、シュレディンガー方程式のベースとなる波動関数の一つでも使って、数学的に説明する人を見たことがない。
少なくともシュレディンガー方程式のもととなっている波動関数を正確に理解するためには、大学数学程度の知識は最低限必要なはずで、しかしそういう人の経歴を見たときに、基本的な物理学的知識、数学的の知識をどこで教育を受けたのだろうかと疑問に思うことがしばしば。もしそうでないならば、単なる詐欺、詐称じゃないかと思う。単純にアニミズム的信仰を、ニューエイジ本で読んだ受け入りの知識で覆い隠しているだけなのでは?と思うし、もしそうならば、正直にそう言うべきなのではないかと思う。それが自身がよって立っていると主張する科学的精神なのでは?と思う。
こういった類のヘレニズム主義からの批判と同時に、今度はヘブル主義からの批判からも、受け入れる体力はあるのだろうか?たとえ、カント的合理主義からの批判に耐えたとしても、今度は、ヘブル主義からの批判に耐えうることはできるのだろうか?日本でも、科学者がニューエイジャー的傾向を持つことは多いのだが(そもそも科学というもの自体がそもそも、非へブル主義であり、思想的な背景はグノーシス主義や、新プラトン主義といったヘレニズム主義がベースとなる)、聖書的世界観を踏まえた理論物理学者というのも聞いたことがない。その信仰は、あくまで仏教や神道などのアニミズム的な世界観に基づいている。
少なくとも西洋におけるニューエイジ文化はこうした批判に耐えることが前提として成り立っている。ニューエイジ文化を生きるということは西洋において、こういう両極からの批判という緊張をはらんだうえで、活動していくことが前提であって、日本においてこうした諸外国では常識ともいえる前提がスルーされているということ自体が、日本のカルト的信仰の温床になっているのではないかと思う。