キリスト教において主への信仰に基づくシンクロニシティは聖霊の働きの範囲内。つまりその源が主にあることという信仰に基づき、聖書に調和しているかどうかが前提となる。
しかし、ユングのシンクロニシティの場合は汎神論的な世界にそれを広げた。ある意味シンクロニシティとは容易に諸霊(悪霊)が働きかけることができる。しかしこれは汎神論ではこの霊がどんな霊かを問うことがない。ここにサタンや悪霊が入り込む隙間が常にある。
故にシンクロニシティの全てを是とする考え方は、大いに霊的に危険な側面があると言える。これがキリスト教的な文脈において占いが迷信である理由だ。
ユングが提唱したシンクロニシティは、ジェームズレッドフィールドの聖なる予言で、ニューエイジ文化 の中でも一般化したが、この辺りはしっかりとメタ認知して、無条件に鵜呑みにするのではなく、再考しなければならない概念だと思う。

サタンや悪霊からすると、ニューエイジャー に対して自らに与するようにシンクロニシティを起こせばいいわけで、サタンにとってそれはなんのことはないこと。

「こういう者たちは偽使徒、ずる賢い働き手であって、キリストの使徒を装っているのです。 だが、驚くには当たりません。サタンでさえ光の天使を装うのです。 だから、サタンに仕える者たちが、義に仕える者を装うことなど、大したことではありません。彼らは、自分たちの業に応じた最期を遂げるでしょう。」
‭‭コリントの信徒への手紙二‬ ‭11:13-15‬ ‭新共同訳‬‬