僕だけが熱くなっているように思われて、僕の元で聖書を学び始めた人から「ちょっと杉本さんの熱量にはついていけないです!」といわれることが多いのだが、こうして僕以外の兄弟姉妹がいることが伝われば、安心できると思う。そもそもキリスト教世界の救いとは、神様からの恵みによるプレゼントであって、決して修行ではないです。そして、僕が熱いのは、最初からそういうタイプの人間なわけで、ゆるく信仰を守っていたり、熱さとはまた違うあったかーい方や、ユーモアにあふれた人などたくさんいます。
「会いに行く教会」の石川さんのように全国津々浦々どこでも呼ばれれば行きますよという熱いスタンスで、心はものすごく燃えていながらも、同時にイエス様を知らない人にこそ知ってほしいと肩の力を抜いて緩く広く知ってもらえるようにと活動なさっている面白い牧師さんもいるし、日曜日に僕が行っている恵み教会を牧されているジョセフケンさんの道端の知らない人にも気軽に声をかけちゃう「ユーモアとゆるさ」にはいつも救われるし、16年間土曜日の朝食会を続けていらっしゃる佐々木満男先生も、常に聖霊の炎に燃えて、国際弁護士をなさって多忙な中、70歳を超えて夜中や熱い日中にマンガミッションのポスティングをなさっているという逸話があるくらい(僕もその話を聞いて、ちょっと若者が行動しないわけが行かないぞ、ということで、1万冊のマンガミッションの配布を始めた)聖霊の熱に燃え上がっている先生もいる。
これが「信仰の正解!」というものはなくて、イエス様との関係性は常に個人的なものであるし、大事なことは、イエス様が私たちの罪のために死なれて、墓に葬られ、そして今も生きているという福音の三要素を信じることに集約されます。イエス様はそうやって兄弟姉妹の中に様々な人を立てられているわけなのです。人それぞれ賜物は違うからね。神様から与えられた賜物を兄弟姉妹や世の中のために、使っていくことで、おのずと自分の信仰の在り方は確立していくと思います。