クリスチャンになって、学問的にも非常に深く色々な分野が発展するね。。自分が政治経済学部だったことも多いに関係してくるし、地で、ヘレニズム文化の極である占星術から、多神教シンクレティズムのマニ教的文化圏から、突如として生まれてきた一神教集合救済論のキリスト教へのシフト、そして宗教改革時の脱魔術化(M.ウェーバー)と、割と人類の2000年に及ぶ歴史をこの12年で凝縮して経験している。僕のホームポジションはあくまで学問的ポジションになるので、フィールドワークとしてものすごい体験をさせていただいていると思う。大学の外部でこういうことをやってきてるからこそ、生きた学問になっていくのだと思う。

ある意味フィールドワーカーなのだと思うし、ミイラ取りがミイラにならずに最終的に近代合理主義へと戻ってきた感じなんだと思う。近代の批判のために生まれたポストモダンも突き詰めると危うくプレモダン(呪術)の餌食になってしまう。
結局のところホームポジションは、学問的姿勢や近代合理主義にあるのだなとしみじみと思う。

あと僕のやってきたような道のりの真似をして、占いなどのプレモダンに戻ってしまっている人は、こうした学問的な姿勢抜きに霊的な世界に入ってしまい、人生を大いに狂わせてしまうわけで、非常に危険な。警鐘を鳴らしてくこともやはりすごく大事だなと思う。アクトアウトすることの危険性は、他者も真似をしてしまうということ。
同じ行動もメタ的にやっているか、ベタにやっているかで、作り出される文脈も全然違う。こういう部分は本当に自分って罪人だなと思う。

自分の身をもって経験してみてしみじみと思うが、やはりウェーバーが言うように近代合理主義は(理知主義)は、クリスチャニティ (特にカルヴァン主義)から生まれると言うのは、本当にその通りだなと思う。