VR360教会

日本のリバイバル

いよいよ人生が本格的に動く時だ。万軍の主とともに参ります。日本のリバイバルは、刻一刻と近づいています。主の御名においてお祈りいたします。アーメン!

アダムの罪

最大のディザスターは、アダムの罪によって人類に死が忍び込んだこと。全ての天変地異の原因も霊的にはここにある。この鋳型はすでにノアの箱船などにも象徴されている。今回の祈りの中で気づいたことは、マタイ8章23-27の嵐を鎮めるイエス様の話が、実は、バプテスマの鋳型になっているということ。てっきり主に依り頼むことが大事という意味でしか捉えていなかったが、よく考えたらこの聖書箇所は、ノアの箱船と水によるバプテスマの伏線が敷かれているのだと気づく。さて、今回の厄災も、僕にはどこか日本全土が水によるバプテスマを受けたような気がしてならない。これからやってくる天の水は、霊的な注ぎ。霊による洗礼がリバイバルという形で日本にやってくるような気がしてならない。ちなみにこの鋳型は新海誠監督作品の「天気の子」でも同様にシンボライズされている。あの映画は日本的汎神論との世界観とクリスチャン的世界観との架け橋として見ると非常にスッキリと読み解ける。日本的汎神論とは里山自然崇拝であり、天気とは父なる神そのもの。つまり天気の子とは、神の子のこと。天の上の水、霊によるバプテスマ 、十字架の贖い(神社の鳥居と十字架はユダヤの過越の祭で繋がる)という視点から見ても、「君の名は」がそうであったように、ある種、預言的な作品になっているのだと思う。 「イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った。 そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになった。イエスは眠っておられた。 弟子たちは近寄って起こし、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と言った。 イエスは言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。 人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と言った。」‭‭マタイによる福音書‬ ‭8:23-27‬ ‭新共同訳‬‬

日々の積み重ね

日々できることをコツコツと。全ての物事を主イエスキリストにあって感謝します。台風など色々な厄災はやってきても、基本は同じ。主に依り頼み、自分ができることを信仰心を持って日々つみあげていくこと。最終的な解決解決は、イエス様の十字架の贖いによって永遠の生命にあずかれる福音伝道以外において他はない。父と子と聖霊の御名においてお祈りいたします。アーメン!

マンデラエフェクトを創造主がいるというサインとしてとらえる

マンデラエフェクトを経験した時 自分の意識が創造したのではなく ひとまず宗教を横に置いて 創造主がいるというサインだということに気づけば まずはそれでいいのだと思う。それが2000年前にヘレニズム社会において起こったこと。そういうパラダイムシフトが 汎神論優位の日本の中で起きつつある。

マンデラエフェクトが広く伝播し始める

マンデラエフェクトが先月twitter上で最初にバズり始めたのは 陰謀論をベースにしたエコーチェンバーの内部だったが ここ数日その外部にも伝播し始めた。指数関数の爆発的な曲線を描きつつあるので やはりここからものすごい勢いで飛び火し 今月中旬には相当なところまで広がっていくのだと思う。

終わりの日の聖霊のバプテスマ ―天の上の水が降り注ぐ

ヨエル書の終わりの日に全ての人に主の霊が注がれて、死と復活を体験するって、まさに創世記の中で、天の上の水が落ちてくることや、その中での死と復活を示すノアの箱舟を鋳型にしているんだなと思う。構造的に考えても本当によくできているなと、聖書を学べば学ぶほど強く実感する。 つまり終わりの日にすべての人に注がれる主の霊とは、まさに天の上の水ほどのものになるということ。このイメージ、とても良い。

主イエスキリストの御名において

そもそも日本人の中で、明治維新以降入ってきた思想を象徴する人物として、プラトンやアリストテレス(ギリシャ主義)が常に優位であり、イエスキリスト(ヘブル主義)はほぼほぼ意図的に無視されてきていること自体が、文化的受容として非常にいびつな構造になっている。分断が進む時代は、イエスキリストという人物像抜きに、統合はされていかない。こういう日本独特の文化的受容のひずみが今後、イエスキリストの御名において解消されていく時代になっていくだろう。アーメン。

リバイバル

絶え間ない霊の注ぎで、燃えまくっている。燃え続け、燃え上がり、燃え去ることはなく、絶え間なく注がれている。ヨエル書の霊の注ぎは、まさに創世記の中で、天の上の水が降ってきたように、人々にキリストにおいて、死と復活をもたらすのだと思う。ノアの箱舟、天の上の水、キリストの死と復活、そして、聖霊のバプテスマ、洗礼者ヨハネ、すべてが一つとなって注がれる。それが今日本で起こりつつあるリバイバルだ。アーメン!

主の恵みとともにある日々よハレルヤ!

主の溢れんばかりの恵みに圧倒される毎日。主よ私をあなたの御心にかなうように造り替え、あなたの道具としてお使いくださいと祈ったとたんに、わずか2ヵ月の間に、全く別の人生になる。そして、ありがたいことに主は、日々、低く、低くしてくださり、また、主の栄光と賛美とともに歩める人生としてくださる。日々ハレルヤであるし、本当に恵みの中に生きられるんだなと実感する。喜びに溢れる日々。本当に、しみじみとありがたいなと思う。よく「死ぬまでにやりたいことは?」「死んで後悔しないために」というが、そもそもクリスチャンは永遠の生命を得ているので、発想がもはやそういう視点ではなく、常に主とあって、喜びと恵みの中にある。これまでも、これからも、永遠に。主イエスキリストをほめたたえます。ハレルヤ!アーメン!

聴くドラマ聖書がついにリリース!

ついに出ました!豪華俳優/女優/声優陣による聴くドラマ聖書です! 日本のリバイバルの発信源になると思います。 「聴くドラマ聖書」のアプリは、本日中にiOSがダウンロードできるようになります!iPhone, iPadではこちらからダウンロードが可能です。https://t.co/B7959CkbF2本日から配信するアプリはベータ版(テスト版)になっております。本格リリースは11月18日となります。— アプリ「聴くドラマ聖書」 (@Kikudramaseisho) September 30, 2019

福音の伝道

福音の伝道というのは、あくまで思惟への奉仕であって、無償の愛の理念に基づく、実際の思いやりのある行動に根差した、献身にすぎない。決して他者に信仰を強制するのものであってはいけない。ここはとても大事なこと。

一人でも多く、イエス様の十字架(福音)を知ってほしい

一人でも多く、福音を知って、蘇って欲しい。それが今の原動力。 マンデラエフェクトを説明する際に、汎神論や理神論(科学)に基づく説明だと、パラレルワールドとなる。聖書に基づくと創造主、イエスキリストの御技となる。パラレルワールドは分離だが、イエスキリストは統合であり、また無償の愛である。ここに重要な違いが存在する。 マンデラエフェクトが僕の身に起こり始めたのは、2年半前。その間この現象を人に説明するために、いろいろな宗教哲学や、量子力学などの本を読み漁ったのですが、どれも難解すぎて「人に説明できる」ためには、不十分。最終的に行き着いたのが「聖書」でした。 「聖書」は「イエス様の十字架の贖い」を信じることで、その人の内側に聖霊が内住し、その働きによって読めるようになるもの。そして、知恵ではなく、信仰によって真実を理解できるようになるものなので、「全ての人」が理解できる体系です。マンデラエフェクトの答えはここに全て啓示されています。 僕は聖書に行きつくまで、この2年半、毎日起きている間中ずっと宗教・哲学・人文科学、東西古今の書籍を読み漁っていました。この2年半のような孤独を味わってほしくなく、思惟への奉仕をしたいと思い、また聖書の御言葉、そして、本質的にはイエス様の十字架について知ってほしいと活動しています。 聖書が素晴らしいのは、イエス様がすべての次元、周波数帯をとりなしてくださるので、汎神論だと「パラレルワールド」という名目で分断されていくほかの人との関係性を、すべての人と会えるようになるということ。「汝の敵を愛せよ」とは、別れたパラレルに、しっかりと再会できることを意味します。 「低いものは高くされ、高いものは低くされる」という基本的な姿勢が、何よりも、格差社会が、階級社会へとさらに悪化し、分断されていく日本社会の大きな突破口になると思っております。 「貧しい兄弟は、自分が高められることを誇りに思いなさい。 また、富んでいる者は、自分が低くされることを誇りに思いなさい。富んでいる者は草花のように滅び去るからです。」 ヤコブの手紙 1:9-10 新共同訳

パスカルのパンセ

ある時聖霊から「パンセ」というメッセージが来て、調べると科学者のパスカルの文献でした。その中でパスカルは「イエスキリストなしに、世界は存在しないであろう。その場合、世界は崩壊するか、地獄のようになるか、どちらかになるほかないからである。」と述べています。あのパスカルです。 科学者パスカル「パンセ」より。 世界はイエスキリストにより、イエスキリストのために存在し、人間にその堕落と贖いとを教えるためにのみ存在しているので、すべてのものはこれら二つの真理を証明するものとして世界に現れている。 理神論(科学)では決して、創造主は認識できないことを丁寧に科学者パスカルは論じる。

日本から世界が変わる

日本から世界が変わるというのは、世界的なリバイバルの中心になるからです。1パーセントしかいなかったクリスチャンが、ヨエル書に書かれているような霊の注ぎを通じて、聖霊のバプテスマを受けた多くのクリスチャンが日本に生まれていきます。 パラレルワールドという言説は、あくまで科学や汎神論では聖書的な「創造神」を定義できない仕組みのため、苦肉の策で生み出した「天動説」的言説に過ぎないのです。いままさに「天動説」から「地動説」に変わったようなコペルニクス的パラダイムシフトが日本の信仰形態に起き始めているのです。

死後の世界

3月3日に北海道の輪郭を見ていなさいと言われ、マンデラエフェクトが予告される。2017年3月27日5:37に巨大隕石が落ちてこの世界が死後の世界になったことに気づいて、直後からマンデラエフェクトが起こり始める。そしてこの看板を4月20日に見かけて、確かにこの世界は死後の世界になったと確信した。 つまりこの世界は死後の世界で、マンデラエフェクトに気づいている人は皆、蘇っているっぽいんですよね。 そこで、一人でも多く蘇って欲しいので、僕はイエス様の十字架を伝えていくことにしたのです。 ちなみに本質的には、アダムの罪以降、皆死んでいます。罪は死をもたらしました。 そして一人の人アダムによって全ての人に罪と死がもたらされたように、一人の人イエスキリストによって全ての人の罪が贖われ、永遠の生命がもたらされました。 十字架を信じる人は、永遠の生命を得るのです。アーメン。 皆がまだ死の淵にいる際に、2年半色々な方法を試みたのですが、結局唯一有効な方法は十字架を伝える以外にありませんでした。十字架を信じていた人は皆この現象を認識できるのです。そしてそれは学問として、神学的にも正しかったのです。信仰義認とは、信じるだけで救われるということです。 僕が生命がけで、福音を伝えるのは、本当に十字架は全ての人に永遠の生命をもたらすからなのです。これは僕の言葉ではなく、聖霊が語るレーマ(御言葉)であり、また聖書の御言葉(ロゴス)にも基づいています。アーメン。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.03

ハチ公前に謎の少年たちの像。これは以前からあったような気もするけれど、どうだろう?ある時にアスファルトが固められて、日本庭園風に。 渋谷の街灯が変な形に。ledではないので、だいぶ古くからある様子。しかしこんな形の電柱はなかった。 富士山の位置が変わっているため見たことのない景色に。 渋谷の謎の電灯。こんな形の電灯はなかった。しかもledではなく、蛍光灯で古い。 原宿駅前に突然なかったNHKの看板が出来てた。しかも古い。 ちなみに2017年7月には偏西風に逆らう変なコースの台風がきた。 道玄坂のUNIQLOの前に謎の銅像。 ちなみにこの世界線では、ブリューゲルのバベルの塔のモデルが残っている。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.02

表参道ジャイルビルに、なかったはずのドアができて、そこからトイレがあるフロアに抜けれるようになっていた。何度も通っていたお店なのではっきりと覚えている。 近所の建物が急にデザインが変わって五重の塔のような構造物が突然できた。 表参道のDiorの星に謎の穴が空く。 撮りためていたものの中で、全然意識してなくて、今気付いてびっくり。マンデラエフェクトを経験し始めた2017年4月23日に撮った写真。なんとなくふと撮った。今考えたら、これ完全に預言だったね。もちろんこの時はノンクリスチャン。クリスチャンになったのは今年の6月なので。 ダヴィンチの頭蓋骨ももちろん新しいものに変わっている。涙骨やおとがい孔もあります。 渋谷109の前に謎の銅像「時の化石」。むろんなかった。 2年前に地図を眺めていたら、どんどんこの辺りは形が変わり、大スンダ列島、小スンダ列島ができていた。 渋谷の西部に見たことのない銅像ができていた。 ジブラルタル海峡のヘラクレスの柱。 このタイムラインでは有名なことになっている頭部がスカラベのケプリ神。雑な作図。 洞爺湖の中島。僕の記憶ではなかった。

マンデラエフェクトについて言及していると思われる聖書個所とその考察

「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。」 マタイによる福音書 24:42 新共同訳 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。父だけがご存じである。 気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。 それは、ちょうど、家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目を覚ましている ようにと、言いつけておくようなものだ。 だから、目を覚ましていなさい。いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。 主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。 あなたがたに言うことは、すべての人に言うのだ。目を覚ましていなさい。」マルコによる福音書 13:32-37 新共同訳 わたしはあなたがたに神秘を告げます。わたしたちは皆、眠りにつくわけではありません。わたしたちは皆、今とは異なる状態に変えられます。 最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。第1コリント15:51 「土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。 わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。」 第1コリ15:48-49 新共同訳 「死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、 蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。」 コリントの信徒への手紙一 15:42-43 新共同訳 「また、天上の体と地上の体があります。しかし、天上の体の輝きと地上の体の輝きとは異なっています。 太陽の輝き、月の輝き、星の輝きがあって、それぞれ違いますし、星と星との間の輝きにも違いがあります。」 コリントの信徒への手紙一 15:40-41 新共同訳 「その後 わたしはすべての人にわが霊を注ぐ。 あなたたちの息子や娘は預言し 老人は夢を見、若者は幻を見る。 その日、わたしは 奴隷となっている男女にもわが霊を注ぐ。」 ヨエル書 3:1-2 新共同訳 「天と地に、しるしを示す。 それは、血と火と煙の柱である。 主の日、大いなる恐るべき日が来る前に 太陽は闇に、月は血に変わる。」 ヨエル書 3:3-4 新共同訳 「しかし、主の御名を呼ぶ者は皆、救われる。 主が言われたように シオンの山、エルサレムには逃れ場があり 主が呼ばれる残りの者はそこにいる。」 ヨエル書 3:5 新共同訳 創造主は時間そのものを作った方。なので構造物としての時間的位置を移動させられる。 「神である主、今おられ、かつておられ、やがて来られる方、全能者がこう言われる。「わたしはアルファであり、オメガである。」」 ヨハネの黙示録 1:8 新共同訳 ヨハネの黙示録に出てくるイエス様の御言葉。 「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、 また生きている者である。一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵を持っている。」 ヨハネの黙示録 1:17-18 新共同訳 「神は、この御子を万物の相続者と定め、また、御子によって世界を創造されました。」 ヘブライ人への手紙 1:2 新共同訳 「御子は、神の栄光の反映であり、神の本質の完全な現れであって、万物を御自分の力ある言葉によって支えておられますが、人々の罪を清められた後、天の高い所におられる大いなる方の右の座にお着きになりました。」 ヘブライ人への手紙 1:3 新共同訳 「しかし、イエスは永遠に生きているので、変わることのない祭司職を持っておられるのです。 それでまた、この方は常に生きていて、人々のために執り成しておられるので、御自分を通して神に近づく人たちを、完全に救うことがおできになります。」 ヘブライ人への手紙 7:24-25 「世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。」 コリントの信徒への手紙一 1:21 新共同訳 「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、」 コリントの信徒への手紙一 1:22-23 新共同訳 「ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。」 コリントの信徒への手紙一 1:24-25 新共同訳 「ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。」 コリントの信徒への手紙一 1:27 新共同訳 「また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。 それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。」 コリントの信徒への手紙一 1:28-29 新共同訳 汎神論や理神論だと、マンデラエフェクトはパラレルワールドという理解になり、「自分が創造主」という結論に至る。聖書だと、時間は創造主の被造物であるという理解になり、「自分は神の子」と教える。「自分が創造主」と教えたのは、エデンの園で誘惑したサタン。ここが重要なポイント。 ようはこの問題は、非常に神学的なテーマをはらんでいる。最初僕は、ニューエイジ、すなわち汎神論や理神論の神学を持っていたが、最終的にニューエイジの元となった神智学の研究をした結果、そこにサタンの罠を見た。イエスキリストよりも上位にサナトクマラを置く。このサナトクマラがサタンなのだ。 ニューエイジでは、必ず創造主イエスキリストの上にサタンの権威を置く。ニューエイジではイエスキリストとはマイトレーヤ(弥勒)と同一とし、369。これは聖書の666(反キリスト)であり、巧妙な罠。日月神事では、567(国常立尊)。国常立尊とは龍。つまり聖書の中の年老いた蛇、サタン。 イエスキリスト(聖書)と、マイトレーヤ/サナトクマラ(反キリスト)は、似て非なるもので、しかし巧妙にこれはニューエイジ神学の中では偽装されている。これは何も今始まったことではなく、実はヘレニズムの時代にマニ教という形で、すでに存在していた構造。今日本ではそれが再現されている。 聖書の預言と、日月神事の預言は、同じ終末預言で、似ている部分も多いが、しかしどの霊から出ているかをしっかりと見極めることが大事。「愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。」 ヨハネの手紙一 4:1 新共同訳 「愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。」 ヨハネの手紙一 4:1-3 新共同訳 汎神論/理神論に基づく、パラレルワールド神学の決定的な致命点は、それぞれの認識がそれぞれの現実を創るという美辞麗句で、人々が分断していくこと。これが結果的に、道徳的な退廃をもたらしていく。これも聖書の御言葉でしっかりと預言されている。 ニューエイジャーでチャネリングができる人は、ぜひ聖霊派や、ペンテコステ派の神学を学んでほしい。そうすると、霊的な視座から、おのずと聖書が正しい御言葉であることが理解できるようになると思う。

2年半撮影してきたマンデラエフェクト vol.01

聖霊に伝えなさいと言われているので、街角編をお伝えしていきます。 表参道の青山の交差点にあるこの灯篭、2年前に急に巨大化した。 青山のみずほ銀行のランプがやけに巨大化した。 青山のみずほ銀行の前に以前はなかったオブジェ。平成19年1月に建てられたらしいが、なかった。 今日いきなり表参道のロエベの屋上の形が変わってた。こうした変化は結構日常茶飯事で、おそらく今後皆こうなっていくと思う。 表参道のユニオンチャーチ。2年前に急に急勾配の屋根になった。さらに今日見たらその上に新しく十字架ができていた。昨日までの世界にはなかった。つまり段階を追って何度も変わる。 表参道のオリエンタルバザールの屋根の上に、さらに白いモダンな屋根ができている。#マンデラエフェクト #街角編 pic.twitter.com/43HWaFV60F— 杉本譲治 (@jupiterjoji) September 26, 2019 表参道のジャイルビルの隣、キャットストリートの入り口に、「ヨンデル像」という謎の彫刻がある。2年前に突然現れて、なおかつもっと前からあったことになっていた。#マンデラエフェクト #街角編 pic.twitter.com/KJiLnVbXOa— 杉本譲治 (@jupiterjoji) September 26, 2019 不思議な文字の形のシンハラ語。 渋谷のホープくん。一度別のところから移転されここ数年は東口のビックカメラ前にある。無論「ここ数年」もなかった。僕のタイムラインでは去年突然現れた。 インドネシア周辺はここ数年どんどん形が変わっていった。インドネシアの謎のフロレス原人。 北海道の洞爺湖は以前は「中島」がなかった。2017年3月3日に聖霊を通じてきた「北海道の形を見ていなさい」というメッセージの後に、突如できた。洞爺湖自体が北海道の地図で見ても明らかに大きくなっている。 狭く閉じてしまったジブラルタル海峡に、聞いたことのない「ヘラクレスの柱」ができた。スペインなのに英国領。 外苑前駅前に以前はなかった銅像が突如できた。無論昔からあるかのように。 東京タワーのデザインが変わっている。無論最初からそうだった風に。展望台上のパーツにこんな丸みはなかった。 突然東京ミッドタウンの御化粧室が、イスラム教徒のためのお祈り室に変わっていた。だいぶ昔からそうであった風に。無論何度も通っていたが、なかったもの。 5年ほど前にできたはずの「風の神」という代々木公園の銅像が、「ケツァルクアトル」というインカの神の名前に変わり、1990年からすでに存在していることになっていた。 新橋に、特徴的な静岡新聞/静岡放送のビルが突然できていた。無論以前のタイムラインにはなかった。こんなに個性的ならまず覚えているはず。 日本近海は世界的にはフィリピン海というのがスタンダードに。という世界線に突然移動。 そもそもアメリカ合衆国の形が違う。

twitterにて

twitter上にてマンデラエフェクトで緩やかにつながるコミュニティ。皆互いに気を配って優しい方。まったりとしてていいね。 この不思議な現象を共有できること自体、ものすごい貴重なことだからね。不思議に周囲の人には誰にも伝わらない2年半孤独でした。でもいまや多くの方々が緩やかに繫がり始めている。

ヒップホップと賛美

カニエウエストは、ファッション誌をにぎわす、お騒がせセレブ。イエス様は罪人を裁くためではなく、救うためにいらした。ヒップホップは、かつての70年代のロックがそうであったように、弱者の叫びであり、社会の底辺であえぎ苦しむ人々の声にならない声を代弁する役割がある。賛美とヒップホップは相反するようでいて、実は非常に深いつながりがある。

現代的賛美

YouTubeのおかげで、世界の神様への賛美文化の最先端に触れられる時代になった。何も教会の中で歌う讃美歌だけが、賛美ではない。心を込めて主を賛美する。この現代的なアプローチは、こうした形で常に表現されている。日本の賛美文化も今後発展していくことになると思う。

ヨハネの福音書

聖書は、 イエス様が実際に活動をなさっていた約3年半にわたるご様子を4人の聖書記者が別々の視点から描いている、新約聖書の「四福音書」から入っていくと、とても分かりやすいです。四福音書とは、マタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書、ヨハネの福音書の4つのストーリーです。そして、今の時代とてもありがたいことに、この4つの福音書を、 OneHopeJapan という 超教派(特定の教派に所属していないグループ)の方々が、すべて美しい映像を無料で公開してくださっているんです。映画のようなクオリティなので、見ごたえがすごいです。 このいずれの映像も、地の文は、小説的に読みやすく訳されたリビングバイブルという書籍の翻訳と全く同じものになって います。

ルカの福音書

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マルコの福音書

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マタイの福音書

聖書は、 イエス様が実際に活動をなさっていた約3年半にわたるご様子を4人の聖書記者が別々の視点から描いている、新約聖書の「四福音書」から入っていくと、とても分かりやすいです。四福音書とは、マタイの福音書、マルコの福音書、ルカの福音書、ヨハネの福音書の4つのストーリーです。そして、今の時代とてもありがたいことに、この4つの福音書を、 OneHopeJapan という超教派(特定の教派に所属していないグループ)の方々が、すべて美しい映像を無料で公開してくださっているんです。映画のようなクオリティなので、見ごたえがすごいです。 このいずれの映像も、地の文は、小説的に読みやすく訳されたリビングバイブルという書籍の翻訳と全く同じものになっています。

【ベツレヘムの星便り】370号  罪人を救うために世に来られたイエスキリスト

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆【ベツレヘムの星便り】(旧:ユピテルジョージの今週の星便り)━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 2019/9/29                                 370号━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━こんにちは、杉本譲治です。 今日は、非常にシンプルだけれど、パワフルな御言葉をご紹介します。 ───────────────────────────────────「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。」 テモテへの手紙一 1:15 新共同訳─────────────────────────────────── 日本ではあまり知られていないのですが、「占い師」をするということは、聖書の世界では、死罪に値するような重い罪です。 そんな経歴を12年間続けてきた私が、イエス様という存在によって、造り替えられ、全てを捨ててでも、福音を一人でも多くの方に伝えていきたいと思うのは何故なのか? それは、イエス様は、すべての人に「無償の愛」とは何かということを伝えてくれる存在に他ならないからです。 福音の伝道というものは、決して「信仰」の押し付けであってはいけません。あくまで「思惟への奉仕」であり、また見返りを求めない「無償の愛に基づく献身」や、イエス様との出会いの中で、自らの人生が実際に造り替えられるという「証」によってでしか、行いえません。 そして、この第一テモテの聖句を書き記したパウロが、「わたしは、その罪人の中で最たる者です。」というのは、パウロ自身が、復活したイエス様に出会って劇的な回心をするまでは、率先して、イエス様を信じた人(クリスチャン)を迫害し、殺しさえしていたという背景があります。 ───────────────────────────────────「わたしはこの道を迫害し、男女を問わず縛り上げて獄に投じ、殺すことさえしたのです。」使徒言行録 22:4 新共同訳─────────────────────────────────── 全てのクリスチャンに対して全く頭が上がらない、そんな背景を持つパウロだからこそ、「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であると力強く証できるのです。 私自身も、このパウロの言葉には非常に心打たれます。 本当に、パウロがいうように、イエス様は、罪人を裁くためではなく、救うためにいらしたということを、何より僕自身の人生を通じて、これからも証し続けていきたいと思います。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【クリスチャンの集い】土曜日パワーブレイクファーストのお知らせ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━8月より、毎週土曜日の朝9時に、東京六本木のホテルグランドハイアットのフレンチキッチンにて開かれている、いつもお世話になっているクリスチャンである国際弁護士の佐々木満男先生や、作家で、牧師のジョセフケン牧師をはじめとした熱き日本のリバイバリストたちに会って親交を深められる朝食会(パワーブレークファースト)に、毎週参加させていただくことになりました。 本来は、ビジネスマンに向けた福音伝道を趣旨として創立されたINTERNATIONAL VIP CLUBの活動の一環として、第1・3・5土曜日の隔週での開催で、これまでも16年間開催されてきた佐々木満男先生が主催する朝食会です。 先日、ジョセフケン先生とお話しているときに、聖霊の注ぎによって意気投合し、いつもは開催していなかった第2,4土曜日も、ケン先生と私は出席し毎週必ず集い、皆で祈れるようにしましょう!ということになりました。お申込み方法等は、詳しくはこちらからご覧ください。 https://vrchurch.online/powerbreakfast━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━【パーソナルミニストリー】聖書の御言葉を通じて、自分の心を「無償の愛」で満たす━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━人生の困難に行き当たった時、判断に悩む時、あなたの手元に一冊の聖書と、主イエスキリストへの信仰があれば、常にあなたの道のりを、明るく照らしてくれます。 人生はいいことばかりではありません。しかし、どんな時でも救い主イエスキリストは、あなたのことを見守り、愛しておられます。 このパーソナルミニストリーでは、聖書的な人間理解、主イエスキリストの信仰をベースとしながら、時間をたっぷりととったマンツーマンのカウンセリングをご提供します。 「心の貧しい人々(謙遜な人々)は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」(マタイによる福音書 5:3-12 より 新共同訳 ) ▼時間の目安 60分から90分程度▼料金 本カウンセリングは、キリスト教の献身の精神に基づいた活動となるため、特定の料金は定めておりません。あなたがふさわしいと感じられる、主への感謝の気持ちを込めた献金という形でお納めくださいますようお願いいたします。 ―――惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。 各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。 (コリントの信徒への手紙二 9:6-7 より 新共同訳) ▼スケジュールの関係上、月10人までのお受付となります。何卒、ご理解、ご了承ください。▼日時 お申し込み後に、ご希望の日時を調整いたします。▼場所は、表参道(東京都)のサロンとなります。ご予約後に住所をお伝えいたします。▼ご遠方の方は、スカイプやLINE、ZOOM等のビデオ通話を使った形にてもご提供いたします。 ▼ご予約はこちらからどうぞhttps://vrchurch.online/personal_ministry ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━メールマガジン【ベツレヘムの星便り】(旧:ユピテルジョージの今週の星便り)発行者:杉本譲治───────────────────────────────────▽今週もあなたにとって素敵な1週間になりますように。父と子と聖霊の御名において、お祈りいたします。アーメン。 ▽本メールマガジンの配信解除はこちらからhttps://j.bmb.jp/bm/p/f/tf.php?id=r_bridge━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━(c)2019 George Sugimoto All Rights Reserved.

メッセージ

今日も教会でメッセージ。1ヶ月も経つとさすがに板についてきた(笑) 神の御言葉を証できることは、本当にありがたいことだよなと思う。主の御名においてお祈りします。アーメン。

8K

VRが現実とほとんど変わらなくなるのが、8Kになってから。まだそういう意味では完全な形で撮影機材(現在は4Kが主流)、編集機器(8Kリニア編集は非常に高価)、通信環境(5Gを待たなければならない)VRゴーグル(1画面2K対応必須)という意味でも、一般化するのはおそらく5年後くらいかな。それまではじっくりと成長していく領域だと思う。

レンダリング

VR映像の編集で、初めてAdobe Premiere を使った。4Kの映像になるので、レッツノートだとGPUが弱いので、レンダリングに結構時間がかかる。1時間半のVRで書き出しに、じっくりコトコト8時間。iPhone7Plusからだと4Kの書き出しに1時間程度だったから、GPUの影響ってものすごく大きいんだな。メモリーとCPUに関してはレッツノートのほうが性能が高いので、体感でよくわかる。

後のものが先になる

今後、ニューエイジ から、クリスチャニティ に入って行く人が増えていくと思うが、これはまさに「後のものが先になる」という御言葉通りになっていくと思う。これからクリスチャンになって行く人たちの勢いと聖霊の注ぎはとんでもないことになると思う。 「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。 主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。 また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、 『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。 それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。 五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、 彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。 夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。 そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。 最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 それで、受け取ると、主人に不平を言った。 『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』 主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。 自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』 このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」 マタイによる福音書 20:1-16 新共同訳

タイミング

クリスチャンとして召されたのは、色々絶妙なタイミングだったんだなとしみじみと思う。世の終わりのサインがすごい。

宗教的差別

キリスト教が嫌いといって、学生時代から大切に培ってきた人間関係を切ったり、無視をしたりするという人も多いが、結果的にそれもまたイエス様がその方にとって、無視できない存在になるということ。少なくとも身近な人間関係の中で宗教的差別をしたことで、長年培ってきた大切な友人を失ったわけで。属性によって人を差別することは、肌の色で人を差別することと大して変わらない。そういう方の中には学生時代熱心に、世界平和や、宗教的な対話の大切さなどを謳っていた人もたくさんいる。 しかし決して恨まない。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出すだけ。なぜならその人にとってもまたイエス様は常にそばにいてくださるから。そういう人間の愚かさを全て霊的に贖ってくださったのが、イエス様の十字架での死と復活という儀式。この恵みがあるからこそ、クリスチャンは自分を迫害する人をも、愛せるのだ。決して自分の能力や努力ゆえではないということが大切。主の平和。アーメン。 「キリストを宣べ伝えるのに、ねたみと争いの念にかられてする者もいれば、善意でする者もいます。 一方は、わたしが福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、 他方は、自分の利益を求めて、獄中のわたしをいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。 だが、それがなんであろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、わたしはそれを喜んでいます。これからも喜びます。」 ‭‭フィリピの信徒への手紙‬ ‭1:15-18‬ ‭新共同訳‬‬ https://www.bible.com/1819/php.1.15-18.新共同訳

鋳型

旧約聖書のダニエル書の中にも、イエス様は現れる。ディズニーランドの「隠れミッキー」のような感じで、旧約聖書の中のイエス様を探すのもまた面白い。ちなみにこの聖句箇所自体が、終末預言における炎の浄化と、イエスの再臨(および携挙)の鋳型になっている。 「王の命令は厳しく、炉は激しく燃え上がっていたので、噴き出る炎はシャドラク、メシャク、アベド・ネゴを引いて行った男たちをさえ焼き殺した。 シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの三人は縛られたまま燃え盛る炉の中に落ち込んで行った。 間もなく王は驚きの色を見せ、急に立ち上がり、側近たちに尋ねた。 「あの三人の男は、縛ったまま炉に投げ込んだはずではなかったか。」 彼らは答えた。 「王様、そのとおりでございます。」 王は言った。 「だが、わたしには四人の者が火の中を自由に歩いているのが見える。そして何の害も受けていない。それに四人目の者は神の子のような姿をしている。」 ネブカドネツァル王は燃え盛る炉の口に近づいて呼びかけた。 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴ、いと高き神に仕える人々よ、出て来なさい。」すると、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴは炉の中から出て来た。 総督、執政官、地方長官、王の側近たちは集まって三人を調べたが、火はその体を損なわず、髪の毛も焦げてはおらず、上着も元のままで火のにおいすらなかった。 ネブカドネツァル王は言った。 「シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をたたえよ。彼らは王の命令に背き、体を犠牲にしても自分の神に依り頼み、自分の神以外にはいかなる神にも仕えず、拝もうともしなかったので、この僕たちを、神は御使いを送って救われた。 わたしは命令する。いかなる国、民族、言語に属する者も、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴの神をののしる者があれば、その体は八つ裂きにされ、その家は破壊される。まことに人間をこのように救うことのできる神はほかにはない。」 こうして王は、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴをバビロン州で高い位につけた。」‭‭ダニエル書‬ ‭3:22-30‬ ‭新共同訳‬‬

福音宣教への思い

日に日に信仰と御言葉によって造り替えられて行く。福音宣教への思いはどんどん高まって行くし、福音のためなら全てを投げうちたいと思える。イエス様無しの人生はありえない。

イエス様を信じない方は、どうかわたしをキリスト者として裁いてください。

これまでの日本の歴史において、数多くのクリスチャンが迫害され、殺されてきた。しかし決してクリスチャンは、そのことを恨んだりはしない。むしろイエスキリストの御名において、キリスト者として迫害を受けるほどに、信仰の喜びの中に生きてきたのだ。キリスト教を裁くならば、ぜひ僕を裁いてください。主の御名において、どこまでも喜びと、愛を持って受け止めます。どうか私がイエス様を信じない人によって大いに裁かれることによって、主の御名が地の果てまで、知られるようになりますように。アーメン。 「そして、どんなことにも恥をかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。 わたしにとって、生きるとはキリストであり、死ぬことは利益なのです。」 フィリピの信徒への手紙 1:20-21 新共同訳

多くの罪人が、御国へといざなわれている

これから主は多くの罪人を、御国へといざなう。右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しましょう。クリスチャンとしての迫害は進んで受けるもの。これまで地上教会が犯した罪も、真にイエス様を受け入れたクリスチャンが受け入れればいい。クリスチャンが悪魔だというならば、どんどん批判されればいい。陰謀というなら、どんどん叩かれればいい。自己弁護をすることなく、クリスチャンはこれまでの長い歴史の中での愚かな地上教会の罪ゆえに、どんどん叩かれればいい。主は平和を愛するお方。秩序を重んじる方。主にあって私たちは一つ。誰も主の御前で、イエス様の十字架の血潮なしに、義とされる人はいない。すべての人が神の御前で罪人である。悔い改めよう。主の御名において。主の栄光。アーメン!

主のご計画

主のご計画は常に完璧なタイミングでやってくる。「神は無秩序の神ではなく、平和の神だからです。」‭‭コリントの信徒への手紙一‬ ‭14:33‬ ‭新共同訳‬‬

陰謀論をメタ認知するために

陰謀論という権力論に関するベタな文脈を、メタ認知するには、「権力」とは何かという政治学や社会学の知識もとても大事になる。マックスウェーバー、マルクス、サミュエルハンチントン、ミシェルフーコー、ハンナアーレントなどもそうしたメタ認知において、必須の知識だと思う。権力を構造として捉える視点を持たない限り、永遠にジャーナリズムの域を超えないし、根源的な問題は解決しない。 そうでなければ単なるペーパーバックの知識の寄せ集めになってしまう。それはニューエイジ 的なポップカルチャーの域を超えない。またそれだけでなく実際にその背景の存在するものは霊的な存在でもあるため宗教学や神学も大切だ。エコーチェンバー化する時代においてはなおのことこのことを理解することは大事だ。そうしないとミイラ取りがミイラになってしまうだろう。 そして、エコーチェンバー化するSNSの時代において、こうした学問的な「物事を俯瞰して構造的/抽象的に捉える視点」よりも、何よりも大切なことは「汝の敵を愛せよ」の地に足のついた精神だ。福音は決して知恵あるものに啓示されたのではなく、謙遜ぜ砕かれた心を持った小さきものにこそ与えられた。 「迫害するもののために祈る」「汝の敵を愛する」この思想がない限り、今の時代のエコーチェンバー化は決して止めることができない。迫害するもののために祈る。これがクリスチャニティ の本質となる。クリスチャンにとっての戦いは、決してこの世における血肉の争いではなく、天にいる悪の諸霊を相手にする霊的な戦いなのだ。 主の御名においてお祈りいたします。アーメン! 「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」 ‭‭エフェソの信徒への手紙‬ ‭6:12‬ ‭新共同訳‬‬ 「だから、邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかりと立つことができるように、神の武具を身に着けなさい。 立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、 平和の福音を告げる準備を履物としなさい。 なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。 また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい。 どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」 ‭‭エフェソの信徒への手紙‬ ‭6:13-18‬ ‭新共同訳‬‬ 「そのとき、イエスはこう言われた。「天地の主である父よ、あなたをほめたたえます。これらのことを知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました。 そうです、父よ、これは御心に適うことでした。 すべてのことは、父からわたしに任せられています。父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません。 疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。 わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。 わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」」 ‭‭マタイによる福音書‬ ‭11:25-30‬ ‭新共同訳‬‬ https://www.bible.com/1819/mat.11.25-30.新共同訳

陰謀論とマンデラエフェクト

SNSは、エコーチェンバー化していく時代。最初にマンデラエフェクトがバズり始めたのは、すでにここ数年の流れの中で(おそらく原発事故以来)陰謀論をテーマにして自然発生的に形成されていたいたエコーチェンバーのコミュニティ内部において。 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/エコーチェンバー現象 陰謀論を語っている方は共通して、社会悪を正し、弱い人のために巨悪と戦うという共通項があって、個人的にDMなどで話すととても礼儀正しく、思いやりが深い方が多いと感じる。他者や社会を思う心がなければ、こうはならない。いわゆる義憤なんだと思う。 また、本質的には陰謀論を語る方は、霊的なサタンを筆頭にする悪霊たちの軍勢の計画を感じているのだと思う。そうした諸霊の働きを観察していくと、もちろんその霊に動かされている組織や、宇宙人などの人間ではない存在なども見えてくることになる。 サタンは実際に存在するし、悪の諸霊というのは決して人としての形を持たない霊的な存在。そういう存在は元に存在する。無論、クリスチャンや教会自体もこうしたサタンや悪霊からの攻撃は常に受けている。こうしたものに立ち向かう時、大事なのは、汝の敵を愛せよという愛。右の頬を打たれたら、左の頬を差し出しなさいという愛。しかしこれは御言葉があってのこと。人というのは愚かなものなので、御言葉に依らなければ、すぐに血肉の争いになってしまう。 「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」 ‭‭エフェソの信徒への手紙‬ ‭6:12‬ ‭新共同訳‬‬ 諸悪というのは決して人の形を取っていない。まして人間そのものではない。悪の根源が、人の罪にあり、その罪をもたらした存在が霊的な存在であるということがわかると、陰謀の背景にあるものも見えてくると思う。 そういえば僕も大学時代にどっぷりと陰謀論にはまった。陰謀論はある種のオカルト的世界に入る際の入り口になっているのだと思う。そしてその後に霊的な世界が確実に存在していることを実感し、政治学はもちろんのこと、諸宗教や哲学、オカルトの世界に入った。12年占い師をやって、最終的に聖書に行き着いた時に感じたことは、結局のところ、他者を思いやる愛が自分の人生を狂わせず、正しい方向に連れて行ったのだと思う。たとえ間違えた方向に進んでも、常に聖霊の働きを通じて、正しい方向へと正してくれた背景には常にイエス様がいたことに気付くのだ。それは僕自身の人生がいかに主にあって罪を赦されているのかを通じて証できることだ。主の御名においてお祈りします。アーメン!